コーナーの四隅を丹念に突くような企画に脱帽
評者 堀 治喜(野球文化大学広島校 校長代理)
第1回 屋上野球 Vol.3
野球本レビューはじまりました。
その記念すべき第1回でご紹介するのは、先ごろ刊行されたばかりの「屋上野球 Vol.3」です。
いわゆるひとつのタイムリーヒットと、あえて言わせてもらいましょうか。
何を隠そう、野球文化大学広島校の設立のきっかけとなったのが、この“文系野球の聖典”とも言える「屋上野球」なんですね。
屋上野球ツイッターのプロフィールには、こうあります。
「球場で行われている”野球”よりも、”野球”にまつわる何か、”野球”について読むこと、語ること、のほうが好きになってしまった――そんな倒錯的な現象を肯定する文化系野球雑誌『屋上野球』。」
その倒錯性にまんまとひっかかって、文系野球の世界に何か野球のあらたな地平が見えたような気がしたのですね、きっと。
つまりはこの「屋上野球」に背中を押してもらったというか、押し出しの四球を与えてもらったというんでしょうか。
そういうとまるでノーコンピッチャー雑誌みたいですが、どうしてどうして屋上野球の制球力、侮れません。
例えば、「鉄人が語る、ラジオの魅力」衣笠祥雄インタービュー。
これなんかはうなるようなストレート、158キロでしょう。もちろんド真ん中のストライクです。
プロ野球解説者としてテレビとラジオの解説ブースを往来している衣笠さんの、テレビと比較してのラジオ論の説得力は言うまでもありませんが、その臨場感がまたいい。
衣笠さんがなぜかはしゃいでいて、妙に愉しそうなんですね。
文末に(笑)がある件なんて、衣笠さんのあの「あー、はっはっ」の高笑いが聞こえてきそうです。そう、まるでラジオで実況中継を聞いているかのように。
こんな雰囲気でインタビューをものにできるなんて、雑誌界の独立リーグとも言える「屋上野球」ならではといえそうです。
全盲のカープファン、モハメド・オマル・アブディンさん×煙山光紀アナウンサーによる「ラジオで聴く野球の面白さ」。
これはインコースを鋭く抉るツーシームでしょうか。
まったく読み筋になかったそのエグさ(そういえばカープの江草投手は今シーズン限りで引退してしまいましたね)に、あっけにとられたまま空振りしてしまいました。
一体全体、こんなネタをどこで拾い、こんな人物をどこでスカウトしてきたのでしょうか。
野球をまったく知らず興味もなかったスーダン人であるアブディンさんが、もれ聞えてくるラジオの中継を聴きなから、いつからか熱心な野球ファンになってしまった。その経緯を語ってもらうだけで、もう特集の核心を突いてしまってますもんね。
たった27球で完封されてまったようなすがすがしささえありました。
「江本さんもそうだけど、当たり障りのないことじゃなくて、独自の視点を持っている人(解説者)がいいですよ」と語るカープファンのアブディンさん。
彼の口から何人か上がった「いい人」の中にひとりもお名前がでなかったカープOB解説者の皆さん。
当たり障りのないことばかりじゃなく、たまには独自の視点も交えて語るようにしましょうね。(笑
それはさておき、他にもマニアックなライターによる日米ラジオ中継事情、はたまた「野球をラジオで聴くのが大好きだ!」のように声高でなく、ロッカー裏の隅で雑談しているような座談会などなど。
企画も内容も普段着というのか、練習着の紅白戦を眺めているような儲け物感がじわじわと湧いてきます。
そうそう、「めくるめく野球タロットカードの世界」なんてのもありましたね。
タロットカードのそれぞれに対応する野球版のカードがあるらしく、野球の世界進出ならぬ魔界への浸透。そんなことを知って、ついうれしくなったりして…。
この他にもコーナーの四角を丹念に攻める技巧派投手のような企画も目白押し。
あなたも背中を押されて、文系野球のめくるめく世界に足を踏み入れてしまうんじゃないでしょうか。
ちなみに、ちょっと目を引くものを目次からご紹介しておきましょう。
そのラインナップを見ていただけば、その配球というか目配りのセンスがおわかりいただけるのではないでしょうか。
特集「野球は、ラジオで」
・いま、野球とラジオをめぐる状況
みんなの野球ラジオライフ
野球とラジオのおもいで
ラジオで聴く野球のここが好き!
・特別寄稿 「ラジコ不二雄」 えのきどいちろう
・インタビュー
“鉄人”が語る、ラジオの魅力」 衣笠祥雄
ドラマーなのに野球のラジオをやっていたらMLBの解説者になっちゃった MOBY
・エッセイ「ラジオ、野球、私」
「野球を離れて」 斉藤一美
「野球の季節。ラジオの季節。」 安田謙一
「ラジオ番組に呼ばれて」 菊地選手
などなど